甲子園浜観察メモ 2001年前半    2001年後半   2002年     表紙に戻る

2007年 8/31(金)
 8月31日は午前中のみクラブの仕事だったので帰りに甲子園干潟によった。少し干上がっている。渡りのシギチドリがいるかと期待したが、
めぼしいシギチドリは確認できず。トウネン1つにイソシギ2のみ。後、ハクセキレイ2つに、アオサギ5つにダイサギ10,コサギ3、ササゴイ1
(テトラにいて、私と目が合うと飛んいった)。いつきのカモ類20ほど、多数のカワウ、多数のカラス。それにウミネコ6(内訳は成鳥2、幼鳥4)
2007年 8/11(土)

 さて今日は息子と午後5時頃、日がだいぶ西の空に傾きかけてから鳴尾川河口に出かけた。ここ数日は暑いし、真っ昼間にうろちょろする勇気はない。
例によって、浜甲子園団地東側の下水溝にクロベンケイガニがたくさんいた。南の排水溝あたりが繁殖地で浜甲子園団地あたりまで例年通り、進出して
いた。8月も中旬になるとかなりでかくなる。次に浜甲子園団地の花壇も歩いた。鳴いているクマゼミは少ないが、樹木にうようよ止まっている。それに、
ショウリョウバッタも見つけた。ジョロウグモの網も発見したが、蜘蛛のサイズがまだ小さい。
 話は変わって、後1週間も経てば、シギチドリの南下組に出会える頃だな。そろそろ干潮時がいつ何時かチェックする必要がある。


2007年 6/11(月)


 息子と甲山森林へ散歩に行った。息子が「イノシシ!」と叫ぶ。とっさにイノシシの興奮度(繁殖期の雄の荒れ方)を見た。一別して大丈夫に思えた。若いイノシシなのか迫力もないが、悠々と歩いていた。おとなしく遠ざかっていった。

2007年 6/4(月)

 午後2時頃、私は観察会で甲子園干潟をのぞいていた。わざわざ三重や京都から友人が参加しているので、シギチドリを見せたいと願ったのであるが、6月2日は見事に抜けていた。数日前までチュウシャクやキアシシギ、キョウジョシギが残っていたというのに。でも、今日尼崎埋立地に行ったのは良かった。アオアシシギ3,トウネン5、コチドリを見ていただくことができたから。  それでも甲子園干潟でカンムリカイツブリを確認できたのは良かった。甲子園ではふつうでも、珍しい鳥には違いない。

2007年 5/27(日)

土曜日、甲子園はぜんぜん干上がらない。それでもチュウシャクシギ2、キアシシギ2、イソシギを確認。ついでに尼崎フェニックスへ。ソリハシシギ2、キアシシギ10,アカアシシギ1、コチドリ2、コアジサシ多数、オオヨシキリを確認。まだシギチドリはよくみられる。

2007年 5/20(日)

今日(5月20日)は尼崎と甲子園2地域に行った。甲子園ではどうにかチュウシャクシギ、キアシシギ、キョウジョシギ、ハマシギ、イソシギにであうことができた。しかし、オオソリハシシギは今日も会えなかった。  尼崎のフェニックス埋立地にも行った。キアシシギなどとともにやはりここには、水田を好むアオアシシギやセイタカシギなどもいた。甲子園では見られない連中だ。

2007年5/20(日)

 尼崎のフェニックス埋立地へ行った。キアシシギやコチドリ、オオヨシキリ、アオアシシギ、オオバン、セイタカシギを確認。甲子園干潟とは明らかに違うシギ。  セイタカシギ、これは珍しいシギ。しかも、美しいシギ。  足が長い。赤い。身体に比べて長すぎる足。面白い。こんな野鳥が尼崎の工場地帯にいるなんて。面白い。

2007年5/14(月)

 甲子園では今年はオオソリハシシギを見かけない。しかし、トウネンは例年以上に見られる。そんな心配をよそに、この日曜、甲子園から久しぶりに尼崎の埋め立て地に行った。内陸性のシギチドリが見られるはずだ。案の定、アオアシシギ2確認。しかし、今日はオオハシシギは見られなかった。 オオバンは2つ確認。トウネン、ハマシギ、コチドリ、キョウジョシギ、シロチドリ、キアシシギもそこそこいた。

2007年 5/3(木)

 今年は甲子園干潟のシギチドリが少ない。なぜだろう。数を減らしているのだろうか? (メダイチドリ、オバシギ、オオソリハシシギ、ソリハシシギ・・・・確認できない) でも、意外なところでチュウシャクの7つの集団発見。場所は西宮埋め立て地の石護岸。 最近、人工渚など増えているので、シギチドリは餌取り場所を拡散していることが、甲子園干潟のシギチドリが少ない理由だろうか?それなら良いのだが・・・・?

30日に他にキアシシギを2つ確認していた。  昨日だけでなく、この2週間で動いているシギ・チドリは、チュウシャクシギ10前後、キョウジョシギ10前後、ハマシギ30前後、シロチドリ20前後、ダイゼン3,トウネン2、キアシシギ2、イソシギ1、コチドリ1と貧弱な確認に終わっている。  メダイチドリ、オオソリハシシギ、ソリハシシギ、オバシギ、オオソリハシシギなど 数は少ないがお馴染みのシギチドリをまだ見ていない。

2007年4/30(月)

甲子園干潟に12時前後に行った。ちょうど干潮時。やはり今年はおかしい。オオソリハシシギの姿を見ない。みたもの。チュウシャクシギ7,キョウジョシギ8、トウネン2、ハマシギ4、シロチドリ4,ダイゼン1,コチドリ1、イソシギ1たったこれだけ。  カワウ、ユリカモメ、コアジサシ、いつきのカモ類、アオサギ、ダイサギ、コサギはいつものように見られたが。

2007年4/22(日)

いよいよシギチドリの渡りのシーズン到来である。土曜日は中潮、午後4時前後が甲子園では最も干上がる。それで、何が来ているか見に出かけた。シロチドリ20前後、ハマシギ25前後、キョウジョシギ7、チュウシャクシギ1、ダイゼン2という結果である。4月中頃になると年によってはチュウシャク、オオソリハシがうじゃうじゃ来るときもあるが、今年は少ないようにも感じる。遅く来て遅く抜ける(シベリアから東南アジアへ)ときもあるが、今年もそんな感じなのだろうか。

2007年4/14(土) 

 甲子園浜に散歩で出かけた。まだカモがいる。ヒドリガモが200はいるだろう。いつものことだが、北へ帰るのが一番遅い。今年も北に帰りそうにないスズガモ、キンクロハジロ、オカヨシガモがいる。コガモやカンムリカイツブリの姿も確認。  陸側に目を転じると、久しぶり。イソヒヨドリの雄を確認。昨年は人をおそれない図太い雌が見られたが、雄は久しぶりだ。また、北に旅立っていないツグミもいくつか確認。ジョウビタキと違ってツグミが移動するのはいつも遅い。

2006年5月27日

いつものように自然観察に甲子園干潟に行った。すでにシギチドリの大本営は甲子園を抜け、シベリアに向かったようだ。シギ・チドリはイソシギ1,キアシシギ4、トウネン1、コチドリ1、シロチドリ7を確認するにとどまった。ほほえましいのはカルガモの親子である。母親1羽の後を4羽のヒナが浮かんでいた。シギチドリの季節が終わっても甲子園干潟は見るべきものがある。そう思った。・・・・ところが突然!!!  小さなカルガモが大きなアオサギに体当たりしている。どうしたんだ?見ると、アオサギがカルガモのヒナをくちばしではさんで捕まえていた。  カルガモの母親をさけるようにアオサギはヒナを加えて砂地に移動、サッとかみ位置をかえ、頭を押さえ込み窒息、動かなくなせ、ヒナを飲み込んだ。うろたえていたカルガモの母親はヒナがうごなくなった瞬間、身をひるがえし残されたヒナの方に移動した。このさわぎでいつの間にか4羽ぐらいのカラスがまわりを取り囲んでいた。もし、カルガモがいつまでもこだわってアオサギを追いかけていたら残された3羽のヒナもカラスによってアオサギに加えられたヒナと同様の運命が待っていたかもしれない。でも、人間じゃないカルガモの母親の表情は私には読みとれないが、どのような気持でアオサギに飲み込まれた我が子を見ていたのだろう・・・・。本当はこの世は食う食われるの地獄なんじゃないのだろうか? 厳粛な自然の掟をかいま見て、そう思った。

2006年 5月21日(日)

 5月20日夕方、少し甲子園浜に行った。どんどん干上がっていた。「シギチドリはまだいるかな?」気にしながら干潟に目をやった。いるいる。キアシシギ8,トウネン5,ハマシギ多、ダイゼン、シロチドリ多、コチドリ1、キョウジョシギ3、チュウシャクシギ3、・・・。チュウシャクシギを撮影。チュウシャクシギは百科事典によると「ユーラシアの北部、アラスカ、ハドソン湾西海岸などで繁殖し、冬は南へ渡る。日本には旅鳥として春と秋に多数渡来する。全長約42センチ、嘴(くちばし)は長くて下に曲がっている。体は褐色で黒褐色の縦斑(じゆうはん)があり、腰の部分は白い。干潟や海岸の草地で、カニ、貝、バッタなどをあさる。ホウロクシギやオオソリハシシギと混群をつくり、飛び立つときや飛翔(ひしよう)中に、ピピピピピピピッと7回笛を鳴らすように鳴くのが、英語の異名seven whistlerの由来である。ツンドラの地上に巣をつくり、4個の卵を産む。」とある。  チュウシャクシギは工場や団地の隙間にあるこの甲子園浜とシベリアの広大な大地とを、どんな風に比較して見ているんだろう。  チュウシャクシギは広大な大自然がいくら残っても、日本のちっちゃな干潟がなくなればチュウシャクシギは生き残れない。日本の干潟はまさにアキレス腱だな。

2006年 5月 5日(金)

甲子園干潟では今年、チュウシャクシギより早く来て5月にはいると見られなくなった。毎年、20羽までの群れが見られる。チュウシャクシギはくちばしが内側に曲がっているが、このオオソリハシシギは上に反り返る。

2006年 5月 5日(金)

 私は4月中旬から5月上旬になると、甲子園干潟に足を運ぶ回数が飛躍的に増える。その理由はシギ・チドリの仲間が甲子園干潟に大挙して訪れるからだ。とは言うものの、甲子園干潟はシギ・チドリの繁殖地ではない。甲子園干潟はシギ・チドリにとって、つかの間の休息地、シギ・チドリが南の越冬地(遠くはオーストラリアやニュージーランド)から北の繁殖地(中国北部、極東ロシアやアラスカ)へ渡りをする上で、必要な栄養を補給する中継地点なだけだ。昔、街道沿いにあった宿場町のようなもの、今で言うならば高速道路を往来する車がガソリンを補給するために立ち寄るサービスエリアのようなものである。シギ・チドリの渡りの距離は最も長いもので12、000kmにもなるという。恐るべき距離であり、中継地点の大切さは、この途方もない距離をおもうと納得できるというものだ。 さて、こんな渡りを繰り返し生活するシギ・チドリだから、その栄枯盛衰は3つの条件が大きな関わりを持つ。3つの条件とは、1つ目が北の繁殖地の環境の変化、2つ目が中継地点の環境の善し悪し、3つ目が越冬地の環境の善し悪しである。環境の善し悪しには色々な要因が複雑に絡んでくるわけだが、もし今日もシギ・チドリを観察できるとしたら、現在は過去の集積、少なくとも、今、見ているシギ・チドリがこの3つの条件を克服、生き残り、10,000kmほどの渡りを繰り返し、ここにやってきていることになる。私はいつも思う。今見ているうんざりするほどの大群のハマシギやシロチドリ、普通種なんて簡単に言い切って、あまり双眼鏡を向けない人が多いが、カムチャッカやアラスカ、オーストラリアやニュージーランドでの生活を我々は全く知らない。今、見ている姿しか知らない。何も知っちゃいない。  さて、今春もいろいろなシギチドリと出会った。シギ類を振り返ると、昨年はチュウシャクシギがオオソリハシシギより先に訪れ、はやく甲子園を抜けた。しかし、今年はオオソリハシシギが先に入り、チュウシャクシギが後だったので、5月に入ってもたくさん見られる。ハマシギは300,400の大群が干潮時には見られた。ハマシギに混じってミユビシギ1で出会えたのがうれしい。オバシギも見られたが、コオバシギとともに10ぐらい見られた年があることを考えると、今年は3つ4つと数が少ないように感じる。キアシシギも3つ4つで同様に少ない感じである。チュウシャクシギは例年通り20近く見られた。5月4日に、やっとソリハシシギ3つに出会えてうれしい。キョウジョシギは20を越える数を目撃した方もあり、例年通り確認できたように思う。  チドリ類を振り返ると、シロチドリは今春、おそらく常時50が干潮時に見られた。ただ、ダイゼンは10までであろう。コチドリは2つ3つ見られる日があった。メダイチドリはせいぜい2つ、3つ。昔より数が減ったように感じる。  甲子園干潟は面積が非常に狭いので、シギ・チドリの密集度は高いが、種類は少ないという特徴がある。変化に富んだ環境であれば、内陸(淡水)性のシギ・チドリや警戒心の強い希有なシギ・チドリも訪れるのだが・・・。かつて、浜甲子園団地がアシ原で、オオヨシキリがけたたましく鳴き叫ぶ場所であったこと、阪神大震災や地球温暖化で海進が進んだことを考えると、人間の力で干潮時の陸の面積を拡大させることや夜の休息場所、多様な小動物を生み出すアシ原など周辺環境を改善する取り組みが必要になると考える。